2014年1月26日日曜日

想像力の欠如したリスク評価



主な登場人物


相田「環境リスクとして、薬品を保有している場合はリスクとして特定しなければなりません
石井「安全リスクとして、高圧ガスを保有している場合はリスクとして特定しなければなりません

小野寺「あいつら、ばかじゃねーの」

工事課の小野寺が、休養室で休んでいた私のもとに怒鳴り込んできた。
工事課の人達が起こるのは当然で、その矛先から逃げるために、私は喫煙所ではなく休養室に避難していたのだが、どうやら失敗したようだ。

設備課と技術管理課が共同で行っているリスクマネジメントのシステム構築である。
管理課の片岡課長や浅井課長は、リスクマネジメントシステムの構築に、当初私を指名してきたが、私の方では業務所掌がこれ以上増えるとマンパワー的にフロート状態になるため、技術管理課の課長が相田を指名した背景がある。
外様である浅井課長の方も、当初私と石井が組んでEMSを運用していた背景を知っており、深く考えずに指名した。

これらの指示はHQ部の佐々木氏であり、その元凶となるのが現場を見たこともない本社の事務方上がりの経営層から指示である。
また、同じ事務方上がりの佐々木は、とくにマネジメント構築の為の要領や手順を定めず、現場にすべてを丸投げした。
つまるところ、佐々木は「構築し、問題なく運用できているという結果をよこせ」と現場に振ったというわけである。
今回の件もまた、本社と現場との確執をより深める形になるが、問題なのは指示を受けた担当が現場方ではなく事務方であるため、現場方の課長である小野寺が怒り心頭なところを見ると、当事業所内での事務方と現場方との力関係と友好関係に溝を作る結果となったようだ。
ISOではコミュニケーションに関する要求もあり、それに詳しいはずの相田と石井が、このような結果を招いたという事実が、彼らがISOの規格要求の中身を全く理解できておらず、表面しか見ていないことの証明しているようなものだ。

このような、コミュニケーションリスクは事前に特定できていたため、担当になるのを嫌がりリスク回避したつもりだったが、リスクの方がおってきてしまったようだ。
私は心の中でため息をつきつつ、小野寺の言い分を聞くと、やはり相田と石井の物の考え方が現況のようである。
電話口とメールでのやり取り内容を把握していたので、この結果は予想通りといえる。
相田は化学物質を持っているからリスクとして特定しろ、石井は高圧ガスはリスクをはらんでいるからというものであった。




小野寺「リスク、リスクって、あいつらのいう『リスク』ってのがさっぱりわからん。あいつら、リスクってものがなんなのか、わかってねーだろ」

彼の主張には納得できるものがある。
「リスク」では言葉の意味が大きい。また、彼らは『リスク』と『リスクを引き起こすもの(リスク発現の要因)』が明確に分けて考えていない。
リスクを引き起こすものとして、二人の中でリスクに関する明確な評価基準がないのが明白だったため、私はコミュニケーション『事故』が引き起こされると判断していた。そして実際に『クレーム』という『事故』が発生した。
この『事故』を事故として是正処置を行わない場合、この『事故』は新たな『事故』と言う結果を引き起こす可能性(リスク)、つまり課としての評判に傷がつき、何かを依頼したり協力を求めた時に拒否されたり無視されるという事態を引き起こす。彼ら自身、異動、解雇に繋がる可能性がある。
事故から新たなリスクが、リスクから新たなリスクが連鎖反応する形である。これは安全だろうが環境だろうがセキュリティだろうが関係ない。安全事故が発生したことにより環境リスクが生まれることもあれば、セキュリティ事故が発生することにより安全と環境リスクが生まれるケースだってある。
私は、そもそもの人選に失敗したのではないかと伝える。ISOの規格要求を理解していれば、「適用範囲」や「側面」「著しい」と言う考え方とその趣旨をリスクマネジメントに応用ができる。「手順を確立する」と要求している理由と背景を理解していれば、小野寺らに対してもっとわかりやすい作成手順を提供する事すら可能だっただろう。

小野寺「それで結局、なんて答えりゃいいんだよ。わけわかんねーんだけど。ちょっと教えろよ」

彼の要求に、私は少し考える。
正直なところ、彼らがこの件にまじめに取り組んでも労務に反映されることも無ければ、間接工数として計上することも許されない。(工数番号が提示されていない)きちんと取り組んでも人事評価にもつながらない。
残念ながら、得をするのはHQ部の佐々木だけで、相田も石井もこの件に関して人事に名前が上がることはない。(ただし、現場とトラブルを起こしたという件で、課長より上がる可能性はある)
ならば相手にするのは相田でも石井でもなく、佐々木だろうと思った。そのため小野寺には
1.環境リスクについては、環境側面を抽出したシートをそのまま相田に提示する。
2.安全リスクについては、作業手順はリスクを抽出してそれを反映したものだと主張し、ローカルWEB上にある手順リストのURLを石井に提示し、どのようなリスクがあるかは手順を呼んでそこから読み取れば分かると回答する。
3.環境リスクで抜けを発見すれば、内部コミュニケーション、安全リスクについてはヒアリハット報告書を提示するのが社内ルールであり、リスクの特定から抽出、見直しに関しての仕組みは各課ともすでに出来上がっていると、相田及び石井に沿えて回答。この時、メールの「CC」にはそれぞれの課長と副課長も入れておくのが良い。
以上の三点をアドバイスする。

小野寺「それで、問題が無いんだな?」

小野寺の不安に、私は改めて様式に合わせてリスト化などを要求される可能でいもあるが、今のところそんな要求はHQより求められていないので、石井と相田の独断によるものに他ならないので、突っぱねてしまうか、課長に直接「お前のところは、こんなことを俺たちにやらせるつもりか?」と言ってしまうのが良いでしょうと答える。
小野寺は分かったと言って、休養室から出ていくのを、私はため息を心の中で付きながら見送った。




小野寺は私の回答を得て、何とか溜飲を下げてくれた。
私はそう、課長に報告する。なぜ報告するかと言うと、本当に小野寺から課長に問い合わせが来た場合の根回しでもあるが、作業状況の報告も兼ねている。技術管理課からの指示で、少なからず現場に支障(迷惑)を与えている為であり、この発生してしまったリスクが、より大きなリスクを引き起こすのを避けたい(大火になる前の小火の内に消してしまおうというもの)ためである。
私の報告を受けた課長は、大きくため息を吐いて答える。
「わかった。展開されたメールの方は確認されていたけど、こうも話が大きくなりそうだとは思わなかったよ」
課長は自らの見通しの甘さを認める。
私は課長に、もともと「なぜISO認証登録しているのかわからない」「ISOをやる意味は業務にどうメリットがあるのか」という部分に解答を与えていない経営層の指示(つまり品質にしろ環境にしろ、この件に関して方針が周知及び提示されていないという規格要求不適合状態)に現場は不満を募らせていた件及び、そして、その不満の矛先は当然、その先兵となっていた相田と石井に集まっていた事実。現場に不満がたまっているのを感じていたため、当時は石井と、最近は相田との間で、様々な廃止案や改善案をぶつけ合ってきたこと。そして結果として私とこの二人はISOの要求事項に対する考え方が大きく食い違っていた為、表には出さないが現在の係内の職場環境は非常に悪い状況であり、一方、現場とのコミュニケーションの構築(職場環境の改善)を怠っている彼らの環境は、同様のケースがこれからも発生する危険性(リスク)を孕んでいることを伝える。また、今回のような「丸投げ」では不満を緩和させるのではなく、起爆剤としてしか効果がないだろうということを伝える。
「どうすれば、解決するかね?」
そのように解決方法を丸投げする姿勢を改めれば解決します。一瞬そう答えようかとわたしは思ったが、何とか思い止まり、手を伸ばす先は二方向ある旨を伝える。

一つ目の方向は、現場サイド、つまり各課各係単位へのアプローチ。
二つ目の方向は、石井、相田といった個人単位へのアプローチ。

今回の件は、すでにクレームがついており、私が小野寺に提示した応急処置案で事が済めば、一つ目の方向へのアプローチは緊急性を要さないだろう胸を伝える。
「あの二人のうち、相田はうちの課の人間だから、指導するなり再教育するなりしろと?」
環境管理責任者は本田であるから、副課長である本田とよく話し合っては?と伝える。
「しかし、奴もいい年だしなぁ。今更どういう注意をしろと?」
いつの間にか、教育から注意に置き換わっている。課長の本音である『めんどくさい』と言う本音と、こちらからの譲歩、、、つまり、私が責任を持って担当を代わるなり指導教育を行うなりという言葉を引き出そうとしているようだ。もし、課長が業務命令と言う形で口頭であっても明確に指示すると、責任がすべて自分に掛かることになり、その結果クレームも全て課長の責任において処理しなければならない。しかし、私が「やる」と言った場合、課長に逃げの口実を与えてしまう。私はそのことを理解しながら、注意深くかつ具体的な方針を示さないように言葉を続ける。
相田と石井の問題は、若干違いがある。
相田の場合、現場を知らないため、現場のリスクとして何があるかを想像する為の情報が圧倒的に不足している。
石井の場合、現場で使用されている物品や手順などを知っているが、理解していないため、現場のリスクとして何があるかを想像するための知識が圧倒的に不足している。

前者の場合、経験不足も大いに影響してくるため、不足分を補ってやれば済む問題であるが、後者の場合、本人が自分のやっている業務に対しての姿勢が「言われた事だけをやればいい」と思考そのものを放棄しているため、業務に対する姿勢や性格を矯正してやらないと効果は無いだろうと伝える。ただし、性格的に相田は石井と同じく言われた事だけをやって余り深く物事を掘り下げない傾向があるので、現場に放り込んだ場合、現場で他の職員とトラブルを起こしたり職場環境を悪化させたりする可能性もある旨を伝える。
「お前はそう思うんだな。俺は真面目だとおもうが……」
課長の言うように、相田は他人の提唱した手段のうち、自分ではなく他人に実施させる事柄には固執する。
「言い方を変えれば、特に自分が実施している業務の管理票を他部門に投げて、その結果だけ寄越せってタイプではあるよな。だが、方法論はともかく、相田は相田で会社のことを考えていると思うんだが」
課長の主張は間違っていないが、問題なのは相田にしろ石井にしろ、『自分の考えた方法を使えば会社が良くなる』と本気で思っていことだと伝える。そしてその方法を事前に検証し、具体的にどのような効果を出す目算があれば、会社に提案と言う形を取れば言うことはないのであるが、彼らの場合はそれが無い。
「博打と同じ思考ってわけか。赤に駆ければ絶対に来ることを疑っていないと」
私は、彼らにその比喩は使わないように主張する。そのような主張しては、業務に絶対が無い場合は多かれ少なかれ博打の部分が入る。同じ博打妥当と、当選の確率の違いを無視した主張を行うためだ。
彼らにとっては地球に隕石が衝突して消滅するくらいの確率でも存在すれば、それは間違っていないし、今回の件で言えば、リスクとして特定して然るべきと主張してくる結果となる。
「相田の想像力は凄まじいな」
まさしくそうなのだが、その想像力が「事象が発生する」だけで、それの影響がどの程度なのかと言う想像がないため、それが「ヒヤリハット」なのか「事故」なのか、ヒヤリハットにすらならない程度の取るに足らない物なのか。
そして「事象が発生する」要因として、具体的に何が挙げられ、実際にそれが起るといえる根拠について、筋道立てて説明できるかどうか。
などについては一切の想像力が働かない。
これでは到底、作業プロセスの分析は出来ない。まず、課長がアプローチすべき点は、ここからだろうと伝える。
「え、お前の想像力は欠如しているって?」
精神病も病気をまず自覚しなければ治療することが出来ないと言われているが、この面についても同様である。
「人格を攻撃するみたいで、嫌だな」
私は、やはりというか、課長が何もしたくないと体で主張しているのを感じるが、想像力が欠如したまま業務が継続してしまうと、それこそ想像もしていないような事故が発生する可能性があるが、その責任は課長が応羽目になる旨を伝え、そこから目を逸らそうとしている課長自身も、想像力が欠如しているし、欠如したリスク評価をしている毛があると釘を刺した。
その後、課長がいろいろと自己弁護の主張をしていたが、私は自ら動くような言質を取らせない姿勢を貫いた。




「でもそれって、柾自身もまずくないか? むしろ、リスクを認識して何もしなかったわけだろ?」
喫煙所でそう言ってきたのは、保全課の安藤である。
「同じ課っつっても、管理責任は無いし、課長に報告と連絡しただけまだましじゃないの? リスクを感じて通すべき筋を通して、あとは通した先が考えるべき話だと思うぞ」
私の行動を擁護してきたのは、管理課の片岡だった。
「ですけど、上司の意を汲んで率先して動くのが、良い部下ってもんじゃありません?」
「それはそうだが、勝手に動くのは悪い行動でもあるぞ。良かれと思って行った行動が相手を不快にさせることだって世の中にはある」
「でも、明らかに技術管理課の課長さんは、勝手に動いてほしいタイプですよね」
「そのとおりだが、安藤君も想像力に欠けるね。いや、この場合は想像するための情報が不足しているってことかな」
「どういうことですか?」
安藤の問いに、片岡が私に目配せをする。つまり、私に応えろと言っているのである。
私は苦笑しつつ、安藤に技術管理課の課員がそのまま出世した事例、異動を伴うのも含めて一つもない旨を伝える。
「あれ? 今の課長さんは?」
其処がミソである。今の課長は同課にてスピード出世した背景がある。
「彼以外の人間は役職が上がってないんだ。これの意味する所は何かわかるかい?」
「部下の成果を自分の成果として上にあげているってことですか?」
「部下の成果は上司の成果なのは、どの会社でも一緒だよ。彼の場合、他と違うのは『部下と力を合わせてあげた成果』ではなく『自分一人で上げた成果』としている点だね」
「それって、人事の方から質問とかされるんじゃありませんか?」
「その時はこう答えるんだよ。『私が考えて部下に、なにをどうしろと具体的に指示を与えた結果です』ってね」
「なるほど。人事としても、『うまく部下を使えている上司』と言う印象を強く与える結果となりますね」
「そういうことだ。まぁ、人の想像にが限界があることを柾はきちんと理解した方が良いね。そして、想像力が欠如をすることを問題視しているけど、本当に問題にしないといけない点は、『想像の及ぶ範囲』に対してどうアプローチするのか? っていう点だよ。 放置するのか、是正や準備をするのか」
片岡の言葉に、私ははっとした。これはまさしくISOで言うところの「緊急事態」の要求そのものである。どうやら、まだまだ私自身、ISO規格の要求に対する理解が不足しているようだ。
「放置するっていう選択はあるんですか?」
安藤が片岡に質問する。
「リスク評価した結果、そのリスクが許容できる物だった場合は放置だろうし、緊急性や重大性が無ければ、直接的には放置して、間接的に対応する……つまり注意喚起や周知で終わるというケースも十分ある。そして安藤君も柾もきちんと認識してほしいのは、世の中ゼニが無ければ袖は振れないため、多くのリスクは放置せざるを得ない、見て見ぬふりをするしかないことがたくさんあるってことだ」
「間接的には対応するんですよね」
「知らせはするね。だけど、それだけだよ。リソース無視して過剰に正論を振りかざすのは、馬鹿のやることだ」
片岡の思いもよらない毒舌に意外感を感じながら、その言葉を相田と石井に聞かせても理解できないだろうなと、私は頭の片隅で想像するのだった。

2 件のコメント:

  1. >高圧ガスを保有している場合はリスクとして特定
    その昔、ウチの工場で0.7Mpaの圧力が掛かかったままになっているエアー配管のバルブを外した馬鹿が居て・・・「最後の一山を回したところでバルブが吹き飛んだ」そうです。よく怪我人が出なかったものだと思います。ま、工場は止まりましたけどねw

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    1. >よく怪我人が出なかった
      それは羨ましい、、、こちらでは圧は抜けていたのですが、残留水素が破裂し、破裂音で鼓膜が破けるという事例がありました。
      照明が熱源となって吸音材に着火、火災と言う事例もあります。
      逆に、圧がかかった言わる高圧ガス(高圧ガス保安法の定義に基づく)と呼ばれるものそれ自体の事故はないというw

      結局、事故はどれも、想像の埒外の事象がきっかけで、それをどう埋めていくかが命題なんだろうなと。

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