2014年4月28日月曜日

記録のために仕事をしているのではない。(3/3)



「ISOを認証登録してから、記録が増えた」

他の方々は分からないが、私の周りではこのような意見を持つ人は多く、よく聞きます。

そんな状況をベースにおいた、実例をベースとしたやりとりです。長くなったので三つに分けました。 その3





本田は私からの話を聞いた後、管理課長の片岡や現場の人間に状況を確認した後、相田を呼び出した。

「相田。お前にとってはつらい話かもしれないが、現場からお前に対するクレームが多くてな。どうしてそういう仕事のやり方をするんだ?」

「は? どうしてと言われても、一体誰がどういうクレームを言って来ているんですか?」

「お前がISO担当するようになって、いろいろ現場に負担がかかっている点だな。妙に記録が増えてきている点も、現場から苦情が来ている」

「記録については、具体的にどういうものですか?」

「最近じゃ、管理台帳関連だな」

「薬品管理台帳ですか?」

「それだけじゃないけどな」

「それは、現場がやり方を変えればいいだけじゃないですか。 規定でそうなっているわけですし、変えたところで早々手間が掛かる話じゃないでしょう? 何が問題なんですか?」

「現場の運用に合っていないからだ。それだけじゃなく、いろいろ現場に記録を出させているんだろう? 話によると、SDS(旧名MSDS)の最新版の取り寄せも現場に指示しているそうじゃないか」

「それはそうでしょう? 自分たちが使う物質のSDSの管理は、自分たちでやる話じゃありませんか」

「俺はそうは思わないが、お前はそう思うのか?」

「それはそうでしょう」

「なら、ISOの事務局は何をするんだ?」

「なにって、どういう意味ですか?」

「記録を出させるのがISO事務局の仕事か? ISOの規定に書いてあることを現場の人間が全部やってたら、ISO事務局なんて不要だろう?」

「現場の人間では出来ない部分だってあるじゃないですか。法順守のチェックとか届出とか」

「法の適用は現場の人間だろう? コンプライアンスを認識させ自覚させるなら、事務局じゃなく使用している現場の人間がチェックも届出もした方が、安全に対しても環境に対しても注意するし、自分たちのものは自分たちで管理するといったのは、お前だろう?」

「それはそうですが、何が何でも現場っていうわけには行かないでしょう。事務系の仕事を担当する人がいるわけじゃ人ですし」

「現場の人間は事務仕事は片手間で本筋じゃないからな。事務の仕事は最小限にしたいわけだ。それは台帳の管理であってもSDSの管理であっても同じだろう?」

「それとこれとは違うでしょう」

「なんで違うって言えるんだ? 事務の仕事ってのは、基本的に現場からのワークシェアリングでしかない。役割分担した方が効率的だし、専用に人を置いた方が組織としても効率的でコストが安く済むと判断したからだ。その原則から見れば、SDSの最新化はISOの事務局だってできる仕事だし、現場の人間の本来業務じゃないだろう? 台帳の記載も管理も同様だ」

「ですが、薬品管理は規定で定められたルールですよ」

「それを誰がやる課と言う点も重要だろう? 規定ではそこまで定められていない。そもそも、会社は記録の為に仕事をしているわけじゃないんだ」

「守るべき規定を守らないんじゃ、それは不適合でしょう。じゃぁ、なんで規定があるんですか」

「規定を守るというのは、規定に書いてあることを鵜呑みにするんじゃないぞ。規定の趣旨を理解したうえで運用するものだ。規定も法律も完全でも完璧でもない。だから改定のルールがあるんだろう。全てが共通のルールでうまく運用できるというわけじゃない。だけど、現場でやられていることは規定の趣旨から外れていなければ、そこは柔軟に運用してもいいんじゃないのか?」

「それは、中の人からの意見でしょう? 外から見ると、それは変ですよ」

「変じゃだめなのか? そこでどういうデメリットが発生すると?」

「会社の評価が下がってしまいますよ」

「どうして下げると言えるんだ? 上がることは無いのか?」

普通に考えたら下がりますよ。あたりまえじゃないですか

相田の主張に、本田は心の中で苛立ちを覚える。先ほどからの相田の主張には、根拠がない一方的な物ばかりだ。

「だが、お前の仕事のやり方で、実際に苦情が来ていることはわかっただろう? お前の主張に一定の正しさがあるのは分かるが、それを一方的に押し付け、現場から苦情を呼び、会社の空気を悪くすることは、正しいのか?」

「……いえ、それは、そうですが、、、なら、わたしに現場の人達がそう言えばいいじゃないですか? コミュニケーションを放棄して一方的に苦情を言われて、私を悪者にしたいだけじゃないんですか?」

「調整があまりに不足しているのが原因だし、お前の場合、さっきもそうだったが、苦情が来たらまず犯人探しから始まってる。それに、苦情が来た場合のお前の対応についても一定の報告と、その対応自体にも苦情が来ているからな」

「それはどういう?」

「苦情に対して犯人探しをし、犯人に対して電話攻撃と逆切れ。そしてすぐにかっとなって恫喝」

「それは、……柾がそういったんですか!?」

「ほら、犯人探しをしているじゃないか。それに、柾からは聞いていない。実際に恫喝を受けた複数名からの証言だ」

「誰がそんなことを言っているんですか!?」

「だから、お前がそうやって犯人探しをしている時点で、言えるはずがない。お前のその他言うが苦情の原因なんだ。それを自覚して反省をする気はないのか?」

「反省するにしても、どうして言われるかわかりません」

「だが、現実としてクレームを受けているわけだ。その事実から、勤務の態度を改めてもらう必要がある。じゃないと、ここ以外に行く部門も無いんだぞ? それは分かっているのか?」

「………」

「さっき、コミュニケーション不足っていったけど、お前はコミュニケーションはしっかり取っているのか? 上司に一部分だけしか報告せず、現地を取ってそれを傘に来て現場に指示を出しているという報告もあるぞ」

「トップダウンの何がいけないと?」

「いい出したのはトップじゃないだろう? トップダウンにしろ、トップに指摘する前に、何故課内で話し合わない? 俺が聞いていないことも多い。それに、実際に決まったことを運用するのは現場の人間だ。その現場の人間との調整をおざなりにしてどうするんだ?」

「問題があれば、現場の人間がコミュニケーション記録を提出すれば……」

「あのな、相田。もう一度言うぞ。 俺たちは、記録の為に仕事をしているんじゃない。規定の為に仕事をしているんじゃない。ISOの為に仕事をしているのでもない。大人だろ? 社会人だろ? 子供じゃないんだから、そこはきちんと理解しさない」

「………」

「なぁ、相田。自分の意見を通すにしても、きちんと説明責任は果たせ。相手が理解できないなら、出来るようにきちんと資料を整理するなり、理論武装するなりしろ。お前自身がどう思っているかわからないが、柾も、俺も、他の現場の人間も、十分な説明を受けていないし、責任を果たされていないのは、事実だからな」

「………はい、わかりました」

相田は不承不承と言った感じで、頷いた。



「片岡、相田の件ではすまなかったな。本田には少し厳しめに言っておいた」

休養室で、本田がマッサージチェアでマッサージ中の片岡に話しかける。

「ああ、まぁ気にするな。と言いたいところだけど、葉山君もお前の課の庶務の女の子も、相当ストレスを感じているからな。良い機会だっただろう」

「反省してくれればいいんだが、苦情が来た件を伝えたところ、謝罪より先に犯人探しだからな。結局、俺に対する謝罪すらなかったよ」

「それはまた、、、こういっちゃ悪いが、性格的に矯正することは出来るのか?」

「相田はもう50代の人間だからな。年下の上司や同僚に言われるのが面白くないってのもあるんだろうが、それでも仕事に対する姿勢が真摯な物であれば、ここまでこじれることは無かっただろうが……」

本田は深々とため息を吐いて呟く。

「相田の自我がここまで肥大化した背景には、一体何があるのだろう?」

「それは簡単だ。 間違いなくISOの弊害だろう?」

「ISOの弊害?」

片岡の言葉に、本田が聞き返す。

「いまでこそ、多少はましになったが、審査員ってのは『先生』とおだてられていた人たちだっただろう? そして、相田は『審査員補』の資格がある。長くISOの業務に携わってて、しかも『先生候補』だ」

「審査員の言葉は何よりも優先すべき事柄だと? そんなバカな」

「いやいや、笑い話じゃない。実際の審査でも、審査員は現場の人間の『こうこう、こういう風にやってます』と言う言葉は信用せず『やっているという記録はありますか?』と記録を求めている。奴の性格と苦情についても、これが大きな原因じゃないか?」

「それはどういう?」

「簡単な話さ。現場の人間の言葉は信用せず、記録だけしか見なくなってて、その記録の正しさの検証を一切しない。記録だけを取り交わし続けた結果、現場の人間と向き合うことが出来なくなったわけだな」

「……やつは、十数年ISOの業務をやっていたという話だな。となると、三十代後半から五十代になるまで、、、、」

「それだけの期間、人と向き合う仕事をしてこなかったわけだ。怖いよな、、、ISOって奴は」

「……結果、ISO事務局ってやつは記録しか信じられないから記録で管理しようとして、記録を殖やす方向に突っ走ると、、、、、、現場と反発するのはもはや個人が云々じゃなく、必然というわけなのか、、、」

「人は嘘を吐くが、記録は嘘を吐かないと盲信しているんだろう。ISOが宗教と揶揄されるゆえんだなぁ……」

本田と片岡はそろってため息を吐いた。

2 件のコメント:

  1. 独善に走る人間というのは得てして自分が無能であることを頭の奥では自覚しているものです。しかし、理性とプライドがそれを認めることを拒否するために、有能であることを演出しようと我を張るんですよね。
    そういった人間が欲するのは評価であって結果ではありません。なので犯人探しをしたがるのでしょう。「誰がオレを貶めようとしているのだ!」と。そいつの口を塞いでしまえば「評価」を守れますからね。ウチにも居ますよ、そういうタイプが。もう、現場からの苦情が凄いんだ(笑 
    そういう性格ってのは一生治らんでしょうね、きっと。

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    1. >もう、現場からの苦情が凄いんだ(笑 
      お互い、苦労しますね。
      外から見ると面白いらしいんですが、当事者になるとこれ程辛いものは無いっす(涙)

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