2014年4月27日日曜日

記録のために仕事をしているのではない。(2/3)



「ISOを認証登録してから、記録が増えた」

他の方々は分からないが、私の周りではこのような意見を持つ人は多く、よく聞きます。

そんな状況をベースにおいた、実例をベースとしたやりとりです。長くなったので三つに分けました。 その2




私は技術管理課の副課長であり、環境管理責任者の本田を、相談したいことがあるといって休憩室に誘った。
本田は嫌な顔をしながら、「お前の方で何とかできないのか?」と、用件すら聞こうとしなかったが、私の方ではどうにもならない話であると断り、何とか連れ出す。

「どうせ、相田のことだろう?」

本田が苦笑しながら先制を切る。本田に相談するようなケースの多くが相田の件であるため、

私のスタイルに合わせて調整されていた業務手法を、相田が自身のスタイルに合わせて再調整した結果のトラブルである。担当者間の業務スタンスがぶつかり合っているわけなので、これを解決するにはお互いの上司がどちらを採用するか決定してもらわなければ、問題は平行線をたどってしまう。

私は今回の従来の手法及び相田の提示した手法を説明した。

「どちらのやり方が正しいか? というのとは別に、相田の場合は自分の意見が通らないことに我慢が出来ないやつだからなぁ。お前の方で説明して納得させることが何でできないんだ?」

「私個人としては、事情をきちんと説明して論を展開しています。ですが、彼の価値観、つまり『常識』が展開されると、どれだけ筋を通した話を展開しても、論を述べても意味がないんですよ」

「常識?」

「『そういうものでしょう』とか『そんなやり方は普通じゃない』とか言われることは多いですよ? 『そういうもの』『普通じゃない』の根拠はなに?と、問いかけたことも一度や二度じゃありません。ですが、その返しは『柾は分かっていない』となって、説明責任を放棄します。一つ報告しますが、業務監査で相田に業務の『根拠』を質問された場合、答えられるか非常に怪しい状況です。私は6割から7割は答えられないとみています」

「それに根拠はあるのか?」

「経験則です。つまり、実例が何度かあるといった方がよいでしょうか?」

「実例?」

「はい。私が質問した内容に対して『柾がわかっていないだけ』『それが一般的』『そういうものですよ』『そんなやり方聞いたことが無い』とバッサリ切った内容について、同じ質問を他の課の課長や部長、課員から何度か質問されて、回答できないケースが数例あります」

「そういうことがあるのか、、、これはかなり困った状況だな。きちんとそこで説明しきれていないってことは、その分相手側からの不満に繋がることになる。なるほど、各方面からの相田の苦情の原因は、そこにあるのかもしれないな」

「どれだけ副課長に苦情が上がっているかはわかりませんが、、、少し前から『誰にどんな質問をされてもきちんと答えられるようにしておけ』と指示しています。本人には常に『問題ない』『説明できます』と言質を取っているので、だれが何と言おうと、相田本人の責任で他の人になすりつけられないようにしています」

「趣味が悪いな、、、きちんと助けてやれよ」

「助けるも何も、もうあいつは私のいうことなんて聞きませんよ」

「それもそうだな。それに、今回の問題は二重帳簿になっている点か。双方の帳簿の整合性が取れているかどうかのチェックが必要になってくるな」

「管理課で使用している様式は、集計もできるようにエクセルで作られています。つまり、伝票を集計しているだけにすぎません。これに対して台帳で要求しているのは、入出庫の管理です。車両用の燃料や暖房用の燃料なので、購入量をそのまま使用量に持ってきているだけです。一度に使用量の多いボイラーならまだしも、そんなものまでがちがちに運転毎に計算させる気がないですよ。この辺は相田も同意見でしょう」

「じゃぁ、なぜ台帳に書き写しているんだ? 年度の集計表だけもらって、年間の購入数量だけわかればいいんじゃないのか?」

「いや、だから『台帳で管理するとルール化されている』から、『台帳に記載しろ』と規定定規に主張しているんですよ、彼は」

「規定でそうなっているのか………」

「部分的には正論ですよ。その部分だけ主張しているので、周りも反論しにくいんです。正しいことを言っているように周りも錯覚してしまう。その点も、クレームの要因になっているでしょうね。ですが、全体でみれば正論ではないんです。ですが、彼はそこを認めないので私とは仲たがいしてしまっているんですが」

「全体では正論じゃないと?」

「その『部分的』というのは、目的を達成するための『手段』に該当する部分です。ですが、規定でそのような『手段』を要求している『背景』と『趣旨』を理解していれば、『手段』は方法論の一つでしかなく、他の方法の方が効率的であれば、組織としてはそちらを選択するのが『正』でしょう。業務効率を低下してまで『手段』に固執するか、業務効率上のベストな方法で『目的を達成させる』か、という比較をしてみてください。組織としては工数を減らすことが『正』であって、増やすことが『正』でしょうか?」

「経費削減は、組織の至上命題の一つだな」

「でしょう? なので、全体としてみれば『正論ではない』となるわけです」

「管理課の方で、今までの様式からこの様式に変更してもらうことはできないのか?」

「管理課では伝票の集計表として使用しているだけですからね。表一枚に複数の物品が記載されているわけです。ISOの様式の方では、製品毎に作成するという時点で、記録が増えてしまうことになります。『出庫欄』や『在庫欄』も無意味ですし、記録に『集計結果』欄を追加する必要も出てきます」

「ISOの方では集計はしているんだろう?」

「それは当然ですけど、入出庫の激しい薬品なんかは一枚じゃおさまりません。また、集計データが欲しいのは統括部門であって、現場ではありません。集計されたデータからさらに、含有物質ごとに物質の取扱量なんかの集計の為の計算も必要になったりします。どこまで現場が担当し、どこまで統括部門が担当するかの線引きをした場合、現場の人間に集計といった作業を組織が求めているのか? という観点から、私は求めていないと判断したので、現場で使用している記録の写しをもらって、こっちで集計作業移行をしていたわけです」

「そういうのは、現場にやらせてもいい気もするが? どうしてそう判断したんだ?」

「データを欲しがっているのは現場ではなくこちらです。データを下さいとお願いしているわけですから、それ以上お願いするのは厚かましいでしょう? それに、コストの問題もあります。データの集計なんて、基本的に誰でもできる作業です。なら、一番コストの安い人にさせるのが、組織としてはリソースの有効活用になりますからね。なので、データの入力はうちの課の庶務にお願いしているわけです。貰っている給料の違いから、二倍は違いますよ。それに、庶務はエクセルの操作はお手の物ですからね。一日当たりパソコンを触っている時間の短い現場の人間にやらせるよりは、触っている時間の長い庶務の方が作業時間は短くて済みます」

「確かに、それも道理だな」

本田は腕を組んで考え込む。私にも私なりの正論と筋が存在するが、相田の提示した正論と筋とは路線が違う。本田の中では、どちらを優先するべきか悩んでいるのだろう。本田としても、ISOの記録を使用しないのは規定外の作業方法であり、規定を守るなとは立場でもいうことはできないだろう。

「この件で問題なのは、周知不足、教育不足といった調整不足になるな」

本田がぽつりと言う。

「事務局側として、きちんと指示及び調整するべきことをやらず、『規定で記載されているから』を免罪符に、一方的に作業指示を出して現場から反発と不満が出ているわけだ。このあたりを基準に奴に注意するしかないか」

とはいえ、と本田は続ける。

「相田は調整が下手だからなぁ。トラブルにも弱いしな……。全体像を見ることが出来ないっていうのは、マネジメントを行う上で欠点にしかならないし……」

「本田副課長。調整が出来ても問題はありますよ」

私は本田が失念していることを指摘する。

「製品毎に記録を作る形となります。結局、記録が増えてしまうわけです。それはそれで管理する量が増えてしまいます」

「ふむ。確かに。管理課以外でも、そういった例があるか?」

「あります。少し話がそれますが、記録に『新たな項目を追加』させようとしていますね。その他には、今まで台帳管理していないものまで、台帳管理の対象としてしまおうとしたりとか」

「それだけ聞くとよくわからないが、新しい点検項目を追加することに、何か意味があるのか?」

「項目を追加することで、現場の人間に何かをやらせたいようです。一つずつ例を挙げればきりがありませんが」

「それは、現場の人間と調整が取れているのか?」

「それ以前の問題です。相田が意図した効果を得るためには、相田が提示した点検項目では不足しているケースがほとんどです。やらせたいことと記録の項目に関連性がないケースもあります」

「相田の中では理由づけができているが、周囲に伝わっていないと」

「出発点がそのそもおかしいんですよね。『こういう作業を現場にやらせるには、何をすればよいか?』という部分をスタートにして、現場に『それをやりたいんだが、そのために必要な情報は何か?』という行動を起こしていません。なんといいますか、現場を知らない人間が『点検記録を作る』とこうなるんだろうなと……」

「ああ、そのやり方じゃぁ、現場は反発するな」

「管理対象の増加についても同様です。事前に対象となる明確な指標を定義したのにかかわらず、その指標の対象にならないケースまで管理隊に含めようとしています」

「今まで管理していなかったのに、なんで管理しなきゃいけないのか、説明はなかったのか?」

「納得できる説明ができていれば、現場からは不満は出ませんよ? それに、指標の対象になるとしても、年間当たりのインプット量、アウトプット量や運用状況次第では、管理する必要のないものも多いんですが、そこも管理させてしまっています。これはまぁ、相田ではなく保全課に行ったからの流れですが」

「途中でお前が担当していた時はどうしていたんだ?」

「規定上は抜けでしたが、まじめに管理するのもバカらしかったですしね。あとは、使用頻度の低いものなんかは、年度末の在庫確認だけで済ませていたのもあります」

「基本、見て見ぬふりをしていたってわけか」

「そうです。しかし、今回のクレームについては副課長に責任があると思ってください」

「えっ!? なんでだよ」

「『職場の空気が悪くならないように配慮しろ』やら『あいつに譲歩してやれ』なんて、係の職場環境に気を使った指示を出してきたじゃないですか。その結果、相田の意見で通ってしまった物が、軒並みクレームにつながっているんですよ」

「いや、だっておまえ、全部却下してたじゃないか」

「当然ですよ。内容の正しさなんて関係ありません。なんでそれをやらないといけないのか? やらなかった場合のデメリットは何か? やった場合のメリットは何か? それを明確に説明できていないようなものを、採用するはずがないじゃないですか」

「じゃぁ、なんで通したんだよ?」

「私が却下した案件に対して、環境管理責任者である本田副課長に直接持って行って、副課長がOK出したからじゃないですか」

「あー、そうだったか?」

「そうです。それに、私だって、全部が全部拒否していたわけじゃありませんよ。相田が説明不足でも、採用してもいい、こっちで理由がつくものとかは通していました」

「む、むぅ」

「みんな、記録の為に仕事をしているわけじゃありません。あくまで当課は、現場のサポート部隊です。そのサポート部隊が、現場の足を引っ張ってどうしますか?」

「それはどうだが」

「現場の負担を減らす。それが事務系に属する課の職務です。相田のように、現場に何かをやってもらおうという姿勢が根本的に間違っていると、私は思いますよ?」

「とはいえ、現場の人間しかわからないことはあるだろう?」

「そういう例は、本当は微々たるものですし、かなり専門的な物だけですよ? 現場が何をやっているのか、よくわかっていない人間のいいわけです。そもそも、現場で何やっているかわかっていないのに、取りまとめたり評価したりできるわけないじゃないですか」

「それは、その通りだな」

「現場に足を運ばない人の典型でしょうね。すぐに、記録やチェックリストといったツールで解決しようとする」

「ツールが有効なのは、疑いようがないだろう?」

「マイナスのネジに、プラスのドライバーは役に立ちません。『ツールを有効に使う』なんて、簡単に言う人もいますが、これは間違っていると思います。ツールを有効に使うではなく、『効果のあるツールを使う』でしょう? 前者だと、使えるかどうかわからないものを、何とかして使おうとしているだけです。記録も一緒です。チェックリストも同じです。効果がある目算が事前にあって、使ってみて想定の効果を発揮したかどうかを評価するわけではないんですか?」

「柾。あんまり俺をいじめるなよ」

「別にいじめてませんよ。記録の為に、道具の為に仕事をするのってのは、仕事のための仕事でしょう? それに、現場に何かをやって貰う為には、なぜやって貰う必要があるのか?を明確にする必要もありますし、何より『確実に実施できる方法』でなければ、意味もありません。台帳を例として挙げれば、現場の人間が台帳を書き忘れたり、鼻から書く気がなかったらどうしますか?」

本人たちが悪いっていうだろうな。自覚がないと主張するだろう。相田なら」

「私なら、『手順(ツール)が悪い』そして、やると決めた側が『きちんと自覚させてないのが悪い』と判断しますよ。それでも、現場ではケアレスミスは発生しますからね。『ミスにどう対応するのか?』ということも事前に決めておく必要もありますし、『記載し忘れ』をどう発見するのか?ということもきちんと考えて行動する必要もあります。これらはすべて現場ではなく、実施要求側の今回であれば事務局が対応しなきゃいけない事柄です。そこまできちんと考えてこその『マネジメント』でしょう?」

「柾、、、そこまで要求するのは、酷じゃないか?」

「酷じゃないですよ? ISOの規格要求できっちり書いてあるじゃないですか。ISOの事務局なら、そこまでやれなくてどうしますか? まぁ、全員がそこまでできるわけじゃないのは分かりますが、『審査員補』なんて持っている事務局連中や、年数が二けたISOに携わっているような連中であれば、できて当然と評価される項目ですよ。」

「どっちも、奴に当てはまってるが、、、、、、そういう言われ方をすると、やつはISOの要求事項を理解していないってことになるな」

「『要求事項の理解』は最低限の要求でしょうね。審査員補や10年以上の年数があるなら、『要求事項の背景』や『要求事項とした真意』まで完全把握して当然でしょう。じゃなきゃ、今まで何をしてきたんだ? 審査員補としてどれだけリソース(更新のための費用)を無駄遣いしてきたのか? って、私なら言いますよ」

「おまえ、ずいぶん溜まってるなぁ」

「そりゃそうでしょう。異動願いが却下されたんですから。相田のせいで」

「それは、済まないと思っているが、あいつを野放しにはできないだろう? 人事でも他の部門で問題を起こして、他に行き先がないって言われたんだし」

「人事部長に直談判したとき、相田に『次に問題を起こせば、解雇も考慮する』という感じで、最後通告が出ているのまでは確認しています」

「知ってたのか」

「あいつ、人事部長の部下の一人を個人攻撃してノイローゼにしましたからね。部長も頭を悩ませているみたいですけど、、、」

「そうなのか」

「ええ。あとすいませんが、私はもうあいつの尻拭いをする気はありません。今回は報告しましたけど、改善が見られないようなら直接上に報告させていただいますんで」

「や、ちょっと待てよ」

「すみませんが、私もすでに限界を超えてるんですよ。なので頼みますよ。あいつに仕事のための仕事を、記録のための記録をやらせないように、きちんと指導をお願いします」

2 件のコメント:

  1. >現場を知らない人間が『点検記録を作る』とこうなる
    いわゆる「ISO書式」の問題点はここにあると思います。環境側面調査だって、結局は環境管理を知らない人間が労災リスクアセスメントのフォーマットをコピペしたのが原型ですしね。
    「素人がプロの仕事に口を出して良いことはない」の実証でしょう。

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    1. 名古屋鶏様、まいどです。
      >「素人がプロの仕事に口を出して良いことはない」の実証
      まさしくそのとおりかと。
      それに、現場には現場のルールがありますから、中身を知っていたとしてもそれを無視した記録では、反発以前に不具合と混乱現場に発生させるだけになります。
      労力を惜しんで良い結果は得られない良い事例ってやつでしょう。

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